「カウンターカルチャー経営」紹介ページ

Apple、Microsoft、Google、Facebook、Amazon の経営者をモデリングするには?


最新情報 1: 「カウンターカルチャー経営」の名称は、現在、商標登録出願中です。

最新情報 2: 最近、書店では、『サピエンス全史: 文明の構造と人類の幸福』 (ユヴァル ノア ハラリ著) が「ビジネス系ベストセラー」になっているようですが、北岡は、ハラリ氏の言う「近代ヨーロッパ帝国の認識的拡張主義」と北岡の言う「『カウンターカルチャー』的思考形態」の間に多大な共通点があることを発見しました。仮にこの二つの間に等価公式が成り立つのであれば、北岡の主張はより普遍性をもつになります。

詳しくは、以下の『サピエンス全史』の北岡書評をお読みください。

http://www.kitaokataiten.com/glossary/archives/essay_06_fb.htm

結局のところ、北岡が過去 30 年にわたって研究・教授してきている NLP と、その発展系である北岡独自の「実践的顕魂学」は、まさしくハラリ氏の言う「認識的拡張主義」の精神を個々人の実際の生活でいかに具現化できるかのために開発された「実践的方法論」である、ということになります。この意味で、北岡ワークの目的は、Apple、Microsoft、Google、Facebook、Amazon 等の「カウンターカルチャー (= 認識的拡張主義的) 経営者」をモデリングした上でパッケージ化された一式の「国際的イノベータの育成のための方法とノウハウ」を提供することにあります。


私は、現在、「北岡遇辺」として、エグゼキュティブ コーチング業界で活動していますが、自身のコーチング スタイルは「カウンターカルチャー経営」に基づいていると思っています。

「対抗文化」と訳される「カウンターカルチャー」は、60 年代の米国西海岸サンフランシスコに端を発したヒッピー文化に代表される、現代社会の基盤となっている文化的運動ですが、日本では、特に若い人々にとっては、「カウンターカルチャー」は「死語」で、誰も知らないかと思われます。

私は、「カウンターカルチャー」は、欧米、特に米国では、50 年経った今もなお、脈々として継承されてきていて、精神的・文化的インフラにさえなっている、と考えています (あまりにも社会全般に深く、広く定着してきていて、「暗黙知化」されているので、日本とは全く逆の意味で「カウンターカルチャー」は死語になっている (笑) とさえ言えるかと思います)。

1981 年から 20 年間欧米で生活した私は、この意味では、日本は、文化的に、欧米からは 50 年以上遅れていると思っています (この点に関連して、天外伺郎 (ソニーのアイボの開発者土井利忠) 氏は、茂木健一郎氏との対談 (講談社ブルーバックス『意識は科学で解き明かせるか』、2000 年) の中で (茂木氏の、日本の問題点は、本当の意味のカウンターカルチャー革命を経験していない点にある、アメリカ人は基本的な教養として、カウンターカルチャー体験を持っている、日本にはそれがなくて、意識の変性状態のようなテーマを研究するときの非常に大きな欠落になっている、という内容の発言に対して) 「日本の社会の大きな問題点は、カウンターカルチャーを経験していないことです」と述べています)。

いかに欧米では、今なお、カウンターカルチャーが社会的な影響を与えているかについて、私が考えていることを、以下に列挙してみたいと思います。

1) 60 年代当時のカウンターカルチャー運動家たちが提唱した「既成の枠を超えた人間意識の拡張」の方向性が、一見カウンターカルチャーが、特に国内では (ヒッピーが広めた T シャツとジーンズのファッション以外は) 完全衰退しているように思える現代社会においても、工学的には、社会的インフラとしてのコンピュータ、インターネット、IT、VR (仮想現実)、AR (拡張現実)、IoT (Internet of Things)、AI (人工知能) 等のテクノロジーを生み出す基になっているという意味において、決して無視できない極めて重要な文化的潮流です。

2) 当時のカウンターカルチャーの重要な運動としては、女権拡張主義 (フェミニズム) 運動がありましたが、その運動のおかげで、現代社会の女性の地位が著しく上がってきています。私には、LBGT を含むセクシャル マイノリティの権利もごく当然のように認められるようになっている現代の欧米の状況は、フェミニズムの「勝利」の延長上にあるように思えます。

3) これは、象徴的な指摘ですが、今回の米国のトランプ大統領の就任演説をニュースで見ていて、式典参加者の民衆には、背広を着た人々などいなくて、ほとんどが色とりどりの野球帽を被り、服装もカジュアルな「ラフな人々」だったことが、特に目に入りました。この状況は、私は、カウンターカルチャーの遺産だと思っています。

4) 同じく、トランプ大統領関連ですが、現在、数多くの大統領令が出され、米国全土および欧州各地で激しい抗議デモ運動が繰り広げられていますが、これも、カウンターカルチャーの「反体制性」が今なお受け継げられているからだ、と考えています。この反体制性については、G7、G20 等の国際サミットについてのニュースに触れるたびに、「なぜ、アメリカやカナダや英国やフランスでは、国際サミット開催都市で、必ずと言っていいほど、黒い覆面をした反体制派の『アナーキスト』の軍団が銀行やファーストフード店等の窓ガラスを角棒で壊して建物に火を付ける光景が報道されるのに、日本で国際サミットが開催されても、同じような事象が発生しないのだろう」と不思議に思ってきています。その答えは、もちろん、該当の国に、歴史的にカウンターカルチャーが存在したかどうか、がその違いだと考えています。


以上、列挙した指摘は、主に、技術的、文化的、政治的局面についてでしたが、本紙の目的上、ビジネスの世界でも、カウンターカルチャーが果たした役割は絶大なものがあったことを指摘する必要があると思います。

すなわち、現代米国での最大大手企業して、Apple、Microsoft、Google、Facebook、Amazon といった名前が上がると思いますが、私は、これらの企業のトップで、「カウンターカルチャーの洗練を受けなかった人」はいないと思っています。当初のカウンターカルチャー運動家たちが提唱した「既成の枠を超えた人間意識の拡張」のパラダイムの中で機能していない人が、これほど「幻視家」のようなビジョンをもち、これほど未曾有で革新的なビジネス モデルを提唱し、実現させることは不可能だろう、と私は考えています。

もしかりに直前の段落に書いたことが本当であれば (私は本当だと確信していますが)、日本にカウンターカルチャーが根付かなった、あるいは、存在もしなかった事実は、「その言葉は『死語』だ」で片付けられるような問題ではとうていなく、たとえ 50 年遅れていたとしても、今からでも、欧米の現在の状況を生み出すもとになっている文化的潮流を日本に早急に導入する必要がある、という私の主張に賛同され「ざるをえない」(笑) 方々も多いと願っています。

カウンターカルチャーという、欧米の人々の「基本的な教養」になっている精神的・文化的潮流の「精神性」が日本に伝わらないかぎり、どれだけ小手先の技術的な模倣・製品開発をしても、日本が再度世界の覇権を握ることは、決してないと思います。その一方で、もしかりに (欧米で長年「事実上の標準」になってきている) この文化的潮流の精神性を日本固有の文化に同化することができたとしたら、欧米を含む世界に対して、(彼らにとって) 「常識外れな主張」とは捉えられることなく、さらに真剣に耳を傾けてもらえるような情報発信ができるようになるだろう、と考えています。これは、そいう形の情報は、欧米の人々のものの考え方の深い部分で「暗黙的な前提」になっている「哲学・原理原則」に沿う形で、発信がされることになるからです。

幸いにも、私は、1971 年に関西の地方都市の高校に入学したとき、「学生運動」が真最中で、左翼的・ヒッピー的影響の洗礼をまともに受けました。書店で故中村とうよう氏が発行していた『ミュージック マガジン』等のアングラ雑誌を貪り読み、団塊の世代の人々の「挑発」に焚き付けられました。

その後、人生で文字通りもっとも不毛な時期 (たぶん、私の人生でもっとも「保守的」で、クソ面白くなかった 5 年間でした (笑)) だった大学を卒業した 1981 年から、私は、仏語通訳として 3 年間サハラ砂漠に滞在し、1983 年には米国オレゴン州でインド人導師に弟子入りし、1985 年から 2001 年まで英国に滞在しました。

私は、日本では、1969 年の東大安田講堂事件が、実質的に、カウンターカルチャー系・左翼系学生運動を「終焉」させたと考えていて、その後は、団塊の世代の方々は、「若気の至り」を隠し、忘れようとすることに専念し始めた、と考えています。

このことのよかった点は、その後、団塊の世代の方々が、おそらく「若い頃の『挫折コンプレックス』」を糧にして、1980 年代に「エコノミック アニマル」として世界で大活躍し、バブル期に世界を席巻したことですが、悪かったことは、バブル崩壊後は、何十万人というニートが生み出されたことに象徴される「病んだ精神」の時代を作り出したことです (私は、常々、安田講堂事件以降、言ったことと実際行ったことに乖離がある「言行不一致」は、団塊の世代の人々の子供あるいは孫の中に、グレゴリー ベイトソンの言う「二重拘束 (ダブルバインド)」を引き起こし、子供あるいは孫は、そこからの唯一の脱出法として、「引き籠り」あるいは「自閉症」的行動を取ることを選び、結果的に、日本でしか見られない現象である数十万人のニートが生み出された、と見てきています)。

一方、1981 年に「海外脱出」した私は、高校時代に団塊の世代の人々からアングラ雑誌を通じてやれ、と焚き付けられたこと (すなわち、カウンターカルチャー運動家が提唱したこと) を、「逆ガラパゴス諸島化」あるいは「純粋培養」として、欧米で、ほぼすべて実行、体験することができ、20 年間の海外生活の実際的な体験の中で、「いかに『抜本的に』西洋社会が過去何十年間もカウンターカルチャーの影響を、有形無形に受けてきているか」を、欧米滞在中は毎日のように実感し続けた次第です。

そして、英国滞在時代に創始者から直接直伝され、完全習得した NLP (つまるところは、カウンターカルチャーのメッカだったサンフランシスコ近郊の UCSC (カルフォルニア大学サンタクルーズ) で、二人のヒッピーが 1975 年に創始した「自分自身のボックスから出る」ための革新的心理学です) を日本に広めようと思い、2001 年に帰国したとき、団塊の世代の人々が「負の遺産」として、何十万というニートを生み出していることを知って、びっくりしました。

さらに、2002 年から 2012 年まで 10 年間、「カウンターカルチャーの申し子」以外の何物でもない、「既成の枠を超えた人間意識の拡張」を可能にする「極め付き」の実践的コミュニケーション心理学である NLP を国内で定着させようとしたのですが、「カウンターカルチャー実践家」が業界に数多くいる欧米とは異なって、「カウンターカルチャー」という語をいっさい知らず、瞑想・催眠を含む「変性意識」を実験したこともない「自己啓発難民」しか国内の NLP・自己啓発業界にいない (教師も生徒も、皆、同類でした) ことを知って、驚愕し、唖然としました。

ということで、2012 年に「自分がいる場所ではない」と思った国内の NLP 資格認定業界の外に出て、それ以来、エグゼキュティブ コーチング業界で活動してきています。最近の私のクライアントには大企業の部長の方やエグゼキュティブ研修講師派遣会社の経営者の方等がいますが、おそらく今まで、幼稚園の遊戯しかできない「水準以下」の、箸にも棒にもかからない日本人 NLP トレーナーしか見たことがなかったと思われるこれらの国内のクライアントの方々からの、私の本場仕込みの創始者直伝の「無意識活性化・意識拡張ワーク」に対する反応としては、「ありえない。目から鱗が落ちた」といったコメントをいただいてきています。

その中で、私は、もしかりに、「今からでも、欧米の現代の状況を生み出すもとになっている文化的潮流を日本に早急に導入」して、「既成の枠を超えた人間意識の拡張」できる人材を育成して、Apple、Microsoft、Google、Facebook、Amazon のような企業風土を作り出し、日本からしか達成できないような文化的、政治的、金融的貢献を世界に対して行いたいと思われている企業経営者・エグゼキュティブの方々がいたとしたら、上記のような非常にユニークな背景をもっていて、国内の誰も達成できないような世界水準の貢献と支援をさせていただけるのは、日本広しと言えども、私しかいないと、考えているところです。

特に、欧米生活が長く日本人と西洋人の両方のメンタリティがわかっている私 (実は、長年の英国滞在の中で、90 年代に私は、王室関係者 (彼女のご両親はリチャード ブランソンの育ての親です) やウィンストン チャーチルの親族の方等と一緒にビジネスをしたことがあり、その後も、非常に深い親交を温めてきています) から、現代西洋最先端の、カウンターカルチャーの真髄が凝縮されている NLP ワークを実際に受けられることで、現在世界をリードしている国際的な企業の経営者たちがどのように物事を捉えているのか、を実践的に、実際に「モデリング」して、体得できる直接的な場に触れることになります。

以上、私のユニークな主張と提供しうる貢献にご興味をおもちの方は、メールにて私にコンタクトされるようお願いいたします。特に、私の人となりを知るためにも、まず体験紹介セッションを受けられることをお勧めいたします。

以上よろしくお願いします。

 

エグゼキュティブ コーチング サイト: http://www.executive-coaching.jp/

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